MESSAGE
追いつめたこと今も悔やむ
かわいげのない奴め。だが、同時に揺るぎない畏敬の感情があった。私より長くその家に居る猫。名をふじ。白地に紅葉色の毛。こどもの私の一撃を悠然と躱し最小限の間合いを退いて、一瞥を返す。猫の分際でえらそうに。畜生め。冬の日中の日差しは、風さえあたらなければ、のたりのたりと温かい。ふじが、わらグロの一角で気持ちよさそうに居眠りをしている。私はそれを見付けて、追い出して陣取る。あいつ、いいところ知ってるな。大丈夫、あいつは、他のいい場所をいくつも知ってるはずだ。私は見て知っている。あれはすごかった。石のように固まって、樹の下に待ち、実をついばみに降りてきた鳥を一瞬のジャンプで食いちぎる。大小の感覚を忘れる。おお、奴はさながら見事な虎だ。この猫は、自分がついぞ、飼われた猫であると自覚したことはなかったのではないか。家人が餌をくれることがあれば食らっただけで、自分がそれを乞う立場にあった訳でもなく、ネズミはおろか飛ぶ鳥でさえ、捕らえて食うことができたのだ。ただ、母の膝の上で、眼を細めることがそれも偶にあっただけである。時が過ぎて、青年となった私がい
つものように素振り用の木刀を持っ
てくらわした攻めはどういう訳か、こ
の猫を納屋の四隅に追いつめた。
意外な展開にふじは最初、逆毛を
立てて、激しくうなり、しばしのにらみ
合いの末、ついに猫なで声を出した。
ああ、まさか、まさかあの猫が。私は、
意外な、脱力感を覚え、逃がした。
あれから、一挙にその猫は衰え、咳き込
んで歩くのを見た記憶がある。しばらくして、
母が遠く離れた河原に遺骸を見つけた。
母は石を積み、弔ったと聞いた。
ずっと心にある。いや、年とともにさらに
思い出す。いま、故郷の河原のそこはコン
クリートに覆われている。